大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 平成8年(ワ)302号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

高木健康

中村博則

三浦久

吉野高幸

荒牧啓一

河辺真史

前田憲德

蓼沼一郎

秋月愼一

仁比聰平

縄田浩孝

被告

西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

國府敏男

古賀和孝

石橋英之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の平成六年三月二六日及び同月二七日の欠勤が年次有給休暇であることを確認する。

二  被告は、原告の右両日の欠勤を理由に不利益な取扱いをしてはならない。

三  被告は、原告に対し、一二二万二〇〇六円及びこれに対する平成八年四月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、自動車旅客運送等を業とする被告にバス運転士として勤務する原告が、被告は、原告が年次有給休暇(以下「年休」という。)として時季指定をし、勤務しなかった二日間を事故欠勤として取り扱い、二日分の賃金を支払わなかったとして、被告に対し、右欠勤が年休であることの確認及び右欠勤を理由に不利益な取扱いをしないという不作為を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、不払給与相当額(二万二〇〇六円)、慰謝料(一〇〇万円)及び弁護士費用(二〇万円)並びに各遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  当事者間に争いがない事実及び証拠(〈証拠・人証略〉、原告本人)により認められる事実

1  被告は、自動車等による旅客運送事業を営むことを主たる目的とする会社であり、原告は、昭和四二年五月二二日、被告に雇用され、昭和六一年一月から、被告小倉自動車営業所(以下「小倉営業所」という。)において、バス運転士として勤務している(争いがない。)。

2  被告における年休制度の運用

(一) 被告の就業規則及び西日本鉄道労働組合(以下「組合」という。)との間の労働協約では、従業員の年休は、その勤続年数等に従い、一年毎に所定の日数が付与されるが、その請求権は、原則として、二年間行使しないときは時効によって消滅する旨定められていた(なお、被告においては、年休を「慰労休暇(慰休)」、前年度からの持ち越し分の年休を「計画慰休」、当年度の年休を「自由慰休」と呼称している。)。

右労働協約上、計画慰休については、あらかじめ本人の希望する時季を聞き、業務の繁閑を考慮して年間の実施計画を立て、その具体的日割は、各月毎に指定し、翌月分の慰労休暇計画付与割当表を毎月二二日に公示する旨定められていたが、小倉営業所においては、被告と組合小倉分会との合意により、以下のとおり、四月から一二月までは、自由慰休と計画慰休とを区別せず、原則として申込先着順で優先順位を確定し、一月から三月までは、年休の完全消化を図るため、計画慰休の申請者を優先する方法を採っていた。これは、乗務員の多くが、病気その他の予期できない欠勤に備えて、計画慰休をなるべく後に残しておく傾向があったためであった。

なお、冠婚葬祭を理由とする申請は、小倉分会との協議により、年間を通じ、優先順位を最優先に繰り上げる扱いとされ、ほぼ確実に年休を取得することが可能であった。

(1) 四月から一二月まで

翌月分の年休の申請は、前月一〇日から二〇日ころまでの間に受付がなされ、年休取得を希望する者は、氏名・年休の種類・希望する年月日等を記入した所定の申請用紙(休暇願)を、助役の勤務室(当直室)あるいは助役点呼台前に設置される木箱に投入し(従前、勤務助役の机の上に申請順に重ねて提出する方法が採られていたが、順序の差し替え等の不正を防止するため、平成五年ころ、申請書の取出口に施錠し、側面に投入口を設けた木箱に投入する方法に変更された。)、申込締切後、勤務助役が乗務員立会いのもとに申請用紙を回収し、申請の早い順に仮の順位を付けた上、冠婚葬祭を理由とする者の順位を繰り上げ、申請順位を確定していた。

なお、申請用紙には、申請の理由を記載する欄はなく、冠婚葬祭等を申請理由とする場合は、申請用紙の余白に記載し、あるいは勤務助役に口頭で伝えるなどの方法によっていた。

(2) 一月から三月まで

毎年一二月上旬ころ、翌年の一月から三月までの各日付及び人数枠(計画慰休を完全消化させるため、全乗務員の計画慰休の残数を一月一日から三月三一日までの日数で除して算出したもの)を記載した計画慰休申請表を乗務員控室の組合掲示板に掲示し、計画慰休の申請者は、同表中の希望する日の人数枠欄に、上から順に押印あるいは記名し、自由慰休の申請者は、四月から一二月までと同様、前月一〇日から二〇日ころまでの間に設置される木箱に申請用紙を投入し、自由慰休の申込締切後、計画慰休申請表の上位者から順に順位を付け、その後、木箱に入れられた申請用紙に申込先着順に仮の順位を付けた上、計画慰休の申請者のうち計画慰休申請表でなく申請用紙で申請した者があれば、その者の順位を繰り上げ、その後、冠婚葬祭を理由とする者の順位を繰り上げて、順位を確定していた。

(二) 本件当時、小倉営業所には約二〇〇名の乗務員が所属し、週休二日制を採用していた被告は、乗務員を七つのグループ(一グループの構成員は約二五名)に分け、グループ毎に週五日の連続勤務及び二日の公休をずらして割り当てていたため、毎日必ず二グループの乗務員(約五〇名)が公休を取ることとなり、公休以外の乗務員約一五〇名を、一一二の定期バス路線のほか、貸切バス、高速バス及び臨時便の乗務に割り当てると、年休を取得できる乗務員は、一日あたり七、八名程度であった。

(三) 小倉営業所における乗務員の勤務割りについては、被告本社から各営業所に対し、翌月の各乗務員毎の乗務予定を記載した勤務予定表が毎月二五日ころまでに、次いで、右勤務予定表をもとに、各日毎にどの勤務にどの乗務員が就くのかを考慮して整理し直された運行管理表(一か月を一日から一〇日まで、一一日から二〇日まで、二一日から月末までの三つの期間に分けて作成されたもの)が各期間の五日前までに、それぞれ送付されていた。

しかし、これらはいずれも公休を基本としてコンピューターで自動的に割り当てたもので、年休や貸切バス、臨時便の運行については考慮されていないため、各営業所において、勤務助役が、右運行管理表をもとに、臨時便、貸切バスの乗務員や病欠者の代替乗務員の確保、勤務予定であるがどのバスに乗務するか決まっていない「空番」の乗務員に対する勤務の割付け等を行った上で、各営業日における乗務員の勤務を確定し、年休を付与できる乗務員と時季指定権を行使せざるを得ない乗務員を決定していた。

しかるに、小倉営業所は、長崎線、熊本線など複数の高速バス路線を有する上、福岡ドームや博多の森サッカー場などへの臨時便を頻繁に運行しており、さらに、貸切バスの申込みが直前になされたり、座席指定の高速バスにつき、定員を越える予約申込みがあるときには、臨時便を出さざるを得ないなど、貸切バスや臨時便の運行に不確定な要素が多く、また、高速バスについては、各乗務員の運転技能により、乗務可能な路線を三ランクに分けていたため、代替要員を確保するについても、相当広範囲の勤務の入れ替えが必要となるため、勤務助役は、直前にならなければ、各乗務員の勤務の確定、ひいては最終的に年休を付与できる人数の確定ができないのが実状であった。

また、乗務するバスにより、手当や勤務時間等が異なることから、勤務管理表を早期に開示した上で調整を行うと、有利な乗務から不利な乗務に変更された乗務員から不満が出るなどの弊害もあった。

(四) 小倉営業所の勤務助役B(以下「B」という。)は、勤務予定日の三日前に、各乗務員の勤務予定が記載された勤務管理表を営業所内の点呼台付近に掲示し、これにより、年休申請者に対する年休取得の可否の通知(時季変更権の行使)を行っていた。

Bは、また、年休の優先順位を確定するにあたり、各日毎に年休申請者を申込順に記載した個人別勤怠記録表を作成しており、これをもとに、年休取得の可否を早期に知りたい乗務員からの問い合わせに対し、おおよその見込みを回答していた。

3  本件の経過

(一) 原告は、平成六年二月一〇日ころ、被告に対し、同年三月二六日に養父の一三回忌の法事、同月二七日の同僚の結婚式に出席するため、右両日につき自由慰休の取得を希望する旨の申請用紙を提出した。

しかし、原告は、右申請用紙に冠婚葬祭を理由とする旨記載せず、これを勤務助役に告知することもしなかった(争いがない。)。

(二) 同年三月二六日の年休の申込状況は、計画慰休の申込者が八名(但し、うち一名は当日が公休と重なったため、計画慰休を取得しなかった。)、原告より先順位の自由慰休の申込者は七名で、原告の順位は一六位であった。同月二七日の同申込状況は、計画慰休の申込者が八名、原告より先順位の自由慰休の申込者が七名で、原告の順位は一七位であった。

(三) 被告(B勤務助役)は、同年三月二三日に同月二六日の勤務管理表を、同月二四日に同月二七日の勤務管理表をそれぞれ掲示したが、原告については、同月二六日及び二七日の年休の取得は認められておらず、いずれも勤務予定となっていた(争いがない。)。

なお、三月二六日の年休取得者は九名(うち自由慰休は二名)、同月二七日の年休取得者は一一名(うち自由慰休は三名)であった。

(四) 同年三月二三日及び二四日は原告の公休日であったため、原告は、同月二五日の午後、勤務管理表を見て、同月二六日及び二七日が勤務予定となっていることを知り、二五日午後四時ころ、勤務中に小倉営業所のC助役に架電し、年休を申請していたのに勤務命令が出ているが、法事と結婚式に出席するため欠勤する旨を連絡し、同日の勤務終了時にも、C助役に対し、どうしても休まなければならない旨告げたが、C助役は、まだ穴が埋まらない(代替要員が見つからない)旨返答した。

(五) 原告は、三月二六日及び二七日、出勤しなかった(争いがない。)。

被告は、原告が乗務する予定であったバス路線について、急遽、本来公休日であった他の乗務員を休日出勤させるなどして運行を確保した。

(六) 原告は、同月二八日に出勤した際、同月二六日及び二七日の欠勤を年休として取り扱ってもらうべく、右両日の慰労休暇申請用紙を、再度、被告に提出した(争いがない。)。

(七) 被告は、同月二六日及び二七日について、原告が事故欠勤したものとして取り扱い、同年四月二三日、原告の給与から二日間の給与相当額二万二〇〇六円を差し引いて支給した(争いがない。)。

三  争点

1  被告による時季変更権行使の効力

(原告の主張)

(一) 被告が時季変更権の行使を常に勤務の三日前に行っていることは、事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かを判断するのに必要な合理的期間を個別具体的に検討することなく、画一的に決定し、被告独自の年休取得に対する制限を設けていることになり、しかも、三日前という時期は、余りにも遅きに失し、労働者の年休取得の権利を侵害するものであり、労働基準法(以下「労基法」という。)三九条二、四項に違反する。

(二) 時季変更権は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するに必要な合理的期間内に行使しなければならないところ、被告は、原告の年休申請から四〇日余りが経過し、かつ、指定時季の前日である同年三月二五日に時季変更権を行使した(被告が、原告の勤務予定が記載された運行管理表を掲示したのが同月二三日及び二四日であったとしても、右両日は原告の公休日であり、原告が右勤務表を見たのは同月二五日であるから、右時季変更権は、実質的には、同月二五日に行使されたものである。)。これは不当に遅延した時季変更権の行使というべきであり、有効な時季変更権の行使とは認められない。

(被告の主張)

被告は、確立された労使慣行に従い、同年三月二三日に同月二六日の、同月二四日に同月二七日の各勤務管理表を掲示する方法により、原告に対し、時季変更権を行使したものであり、右時季変更権の行使は何ら違法無効ではない。

2  事故欠勤等を年休に振り替える慣行の有無

(原告の主張)

被告においては、事故欠勤や病気欠勤の場合でも、事後に年休申請を出せば、年休に振り替えるのが慣行となっていた。

(被告の主張)

突発的な身内の不幸等により、従業員が事前に年休を申請できなかった場合、事後的に年休として取り扱った事例はあるが、これが慣行となっていたという事実はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告による時季変更権行使の効力)について

1(一)  原告は、被告(小倉営業所)における年休時季変更権行使のあり方(画一的に時季指定日の三日前に行う。)は労基法三九条二、四項に違反すると主張する。

労基法は、使用者による時季変更権の行使時期、方法等を明文で定めてはいないけれども、時季変更権行使の時期、方法等が、労働者に年休の時季指定権を保障した同法三九条の趣旨を実質的に没却し、権利の濫用ないし信義則違反に該当すると認められる場合には、右時季変更権の行使は違法となると解される。

しかし、多数の労働者を擁する事業所において、年休の取得に関し、労働者間の不公平を避けるため、あるいは事務処理の都合上、労使の協議に基き(ママ)、ないしはこれを踏まえて、一定のルールを定め、これに基い(ママ)て画一的取り扱いをすること自体は、直ちに労基法三九条四項に反するとはいえないことは明らかであり、問題は、画一的処理の具体的内容の如何にある。

(二)  小倉営業所における乗務員の年休(慰休)時季指定に対する時季変更権行使の実態は、前記第二、二2で認定したとおりであり、被告による時季変更権の行使は、一律に年休予定日の三日前に行われていたところ、年休予定日の三日前にならないと年休が取れたかどうか分からないというのでは、例えば交通機関や宿泊先の予約を伴う旅行等に利用するのは不可能となり、そうであれば、右取り扱いは、年休の利用目的、方法を事実上制限する結果となり、労基法三九条四項の趣旨に反するのではないかという疑問が生じる。

(三)  被告が営む旅客自動車運送事業は、その性質上、事業計画に定める運行予定を厳格に遵守しなければならず、また、貸切バス、臨時バスの需要にも対応する必要があることから、当日運行予定のバス乗務に必要な配置人員数を欠くときは、事業の正常な運営を妨げる場合に該ると解されるところ、第二、二2(三)で認定したとおり、小倉営業所においては、不確定要素の多い貸切バス、臨時便等の運行に必要な配置人員数を早い段階で確定できない面があり、したがって、当日に年休を取得できる人数を早期に把握することも困難であったことに加え、約二〇〇名の乗務員を擁する小倉営業所では、年休を取得できる乗務員は、年間を通じて、一日あたり七、八名程度であり、特に、毎年一月から三月までは、計画慰休優先の取り扱いのため、自由慰休の枠はほとんどないのが実状であったこと(計画慰休の消化を一月から三月の間に集中させる小倉営業所の扱いは、年間を通じて割り振るべき旨の労働協約の定めとは合致しないが、組合小倉分会との協議に基づいており、分会員の要求にそったものというべきであるから、不当な扱いとはいえない。)に照らし、特定の営業日に年休取得希望者が多数競合する場合は、なるべく多くの希望者に年休を取得させるための手当てや誰について時季変更権を行使し、あるいは行使しないかの調整が必要であったと認められる。そして、前認定のとおり、右調整を行うにあたっては、乗務員の計画慰休の取得優先、年休取得や乗務割当等に関する乗務員間の公平、被告の公共交通機関としての責任等の要請に基づく様々な要素を考慮しなければならなかったことに鑑み、当該営業日における業務を正常に運営するには、年休取得希望者のうち何名に対し時季変更権を行使しなければならないか、誰に対して行使すればよいかの判断に時間を要したとしてもやむを得ないというべきであり、また、早期に勤務予定表を開示することの弊害等をも考慮すると、特定の乗務員に対し時季変更権を行使するという最終決定が、一律に予定日の三日前とされたことには、合理的な理由があったということができる。

(四)  また、乗務員は、常に最優先とされる冠婚葬祭以外の目的で年休を取得しようとする場合でも、時期を選び、計画慰休を利用し、あるいは受付開始日の筆頭に申請するなどして、希望日に確実に年休が取得できるような手だてを講じることは不可能ではなかったと推認されること、年休取得の可否を早期に知りたい乗務員は、勤務助役に問い合わせれば、おおよその見込みを知ることは可能であったことからすると、時季変更権の行使時期を予定日の三日前とする取り扱いは、必然的に年休の利用目的、方法につき事実上の制約を課するものであったとまではいえない上、そのような傾向があったとしても、被告(小倉営業所)における業務の特質のほか、従前、組合もしくは個々の乗務員から特段異議故障の申し出があった形跡はなく、被告が乗務員の不利益を無視し、被告の都合だけに基づいて強行していたとも認められないことに照らし、右取り扱いは、労基法三九条の趣旨に反するとは認められない。

(五)  したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

2(一)  原告は、被告が原告の年休申請(時季指定)から四〇日余りが経過し、かつ、勤務の日の前日になした時季変更権の行使は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を徒過し、無効である旨主張する。

(二)  被告は、平成六年三月二三、二四日、原告の勤務予定が記載された同月二六、二七日の勤務管理表をそれぞれ掲示したが、原告は、同年三月二三、二四日が公休日であったため、同月二五日になって右勤務予定を知ったことは、前認定のとおりである。

しかし、年休取得希望者に対する時季変更権行使の告知は、年休予定日の三日前に勤務管理表を所定の場所に掲示する方法で行われていたのであり、右取り扱いは、多数の乗務員を擁する小倉営業所における事務処理方法として著しく不相当であるとはいえない上、年休を申請していた乗務員は、勤務管理表の掲示日に小倉営業所に出勤する予定がなかったとしても、電話により問い合わせれば、容易に年休が取れたかどうかを知ることができたことに照らし、被告に、公休等のため右掲示を目にしない可能性のある乗務員を抽出し、これに対し、個別に電話するなどして時季変更権が行使された旨を連絡すべき義務があったとまではいえない。したがって、被告の時季変更権行使の告知義務は、同月二三、二四日に履行されたと認められる。

(三)  被告は、小倉営業所における一般的取り扱いに従って、原告の年休時季指定に対する時季変更権を年休予定日の各三日前に行使したのであり、右取り扱いが違法といえないことは前述のとおりである。

原告の年休申請は取得希望日の四〇日以上前になされているが、前記のとおり、計画慰休の申請が集中する時期であり、計画慰休や冠婚葬祭目的の申請が先着の申請よりも優先する取り扱いであったのであるから、早く申請したからといって、時季変更権を行使するかしないかの判断が早期に可能となるものではなく、本件における原告の年休時季指定が事業の正常な運営を妨げるかどうかの判断が三日前よりも早い時期に可能であったなど、右取り扱いによるべきではなかった特別な事情があったことをうかがわせるべき証拠はないから、被告の時季変更権の行使が無効である旨の原告の主張は理由がない。

(四)  なお、年休の取得は、目的の如何を問わず保障されるのが原則であり、労働者は取得目的を使用者に告知する義務はなく、使用者が取得目的の如何を時季変更権行使の基準とすることは許されない。しかし、多数の時季指定が競合し、業務の性質、事業所における所与の条件から、どのように配慮、調整しても一定数の者に対する時季変更権の行使が避けられず、したがって一部の時季指定につき適法に時季変更権を行使し得る場合において、使用者が、冠婚葬祭という特定の年休取得目的に限り、時季変更権の行使を差し控えるという基準を設けることが許されないとは解されない。小倉営業所における冠婚葬祭目的の年休優先(逆にいえば、それ以外の目的の年休申請は劣後する。)の取り扱いは、機械的に先着順とすることによって生じる人道的な問題を避けるための常識的な配慮に基づいていたことは明らかであり、被告の恣意が入り込む余地のない客観的基準であることからしても、労働者の年休権を侵害すると解することはできない。

二  争点2(事故欠勤等を年休に振り替える慣行の有無)について

小倉営業所において、事故欠勤や病気欠勤の場合でも、事後に年休申請をすれば、年休に振り替える慣行が確立されていた事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の振り替えの要求に応じなかった被告に何らかの責任が生じる余地はない。

第四結論

よって、その余の事項について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(口頭弁論終結日 平成一〇年五月一四日)

(裁判長裁判官 池谷泉 裁判官 永留克記 裁判官 小野寺優子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例